池田学 マディソン滞在制作日記


by mag-ikeda

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池田学 / IKEDA Manabu

画家。1973年佐賀県多久市生まれ。1998年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。
2000年同大学院修士課程を修了。 2011年から1年間、文化庁の芸術家海外研修制度でカナダのバンクーバーに滞在。
2013年6 月末より、アメリカ・ウィスコンシン州マディソンにて滞在制作を開始。

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第64便 「初めての絵」

力なく震える線。
意思とは裏腹に右往左往するストローク。
指先に感じるどうしようもない違和感。
これまで日常生活はもちろん、一度もペンを持ったことのなかった左手にとってこの任務はハードルが高すぎるのだろう、指先の筋肉から神経まで、全ての器官が戸惑っているのがありありと伝わってくる。
対象をよく観て、それを忠実に写し取るという極めてシンプルな作業。
目からの情報を脳が取り込み空間上のイメージとして再構築、それを信号に変えて送ればほぼ無意識に右手がそれを再現する。
同じ事が左手になると回路が充分につながっておらず、コントロールができないし、それより動かし方がわからない。


葉っぱの形が繋がらない。
均一に塗れない。
茎のラインがあらぬ方向に進んでは隣に突っ込み、はみ出し、止まらない。
まるで初めてローラースケートを履いたような感覚。
頭の中では描けるのに!
今は電池切れのように全く動かない右手の上にはつい先日まで描いていた感覚が触れるほど残っているだけに、この愚かしいまでの不器用さがもどかしすぎる。


だけど一方で、こんなにも描けない自分に笑ってしまう。
こんな感覚は味わったことがなかった…
丸を描こうと思えば描けたし、よく観て描けばその通りになるのが当たり前というか、むしろ描けないということが分からなかった。
そういえば以前、予備校で講師をしていた頃に生徒から「先生はよく観て描けば描けるというけれど、それは先生だからできるんです」と言われたことがあり、その時はそんなことはないと思ったけれど
それはこういう事だったのかもしれない。

不慣れな手を使い、普段使わない側の脳を使う作業は神経はもちろん、目や肩の疲労もたまりやすく、とても長くは続かない。
いつもはテクニックで誤魔化せるところも手を止めてどう表現するか考えなければいけないので、それだけモチーフに目を留まらせる時間も長くなる。
真剣に対象を見つめ、必死で形を追いかけ、言うことを聞かない線と格闘しながらどうにかこうにかやっていく。
そしてようやく姿を現した新しい絵。


不恰好だし、下手だけど、でも嫌いじゃない。
むしろワクワクしたし、ドキドキしたし、モチーフとたくさん会話したぶん、何か心に響くものがある気がする。
自分にもこういう絵が描けたという事が素直に嬉しかった。
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by mag-ikeda | 2016-07-22 17:48

第63便 「新たな挑戦」

最初の数週間は検査づくめの日々でした。
ほぼ3日に一度はカレンの車で病院に連れて行ってもらい、様々な検査を受けました。。
普段であれば自分で病院を予約して通院、通訳さんを通して診察を受けるというのが一般的なやり方ですが、美術館で僕の仕事を熟知している彼女のこと、あらゆる手立てを尽くして最善の治療を受けられるよう動いてくれました。
元ドクターである夫のマイケルさんも毎日家で僕の症状を聞き、その場で診察と助言をしてくれ、その間カレンはいろいろな人から情報を集めて、どこで治療を受けるのが僕の手にとって最善かを調べて予約し、時には心理学的立場から僕の声を聞いてくれたり。
日々の食事や生活の世話、そして診断や心のケアまで。
これほど手厚い看護を一体誰が受けられるというのでしょう。


病院にはいつもカレンと、彼女の友達で日系人でもあるミナさんが通訳として付いてきてくださいます。
僕の怪我の経緯の説明はもちろん、僕の仕事がいかに細くて、いかに右手が重要かをカレンが切々と説明してくれるおかげで、素晴らしいドクター達に囲まれ,皆が一団となって僕の右手を少しでも早く回復させようとしてくれるのを感じるたびに、言葉では言い尽くせない感謝と幸福感、
しかし一方で、自分のしてしまった過ちの重さに苛まれる日々。
しなくてもいい怪我をしてしまった自分のせいで、こんなに大勢の人を巻き込んでしまっている。
僕の個展のために動いてくれているギャラリーや美術館の方々にも迷惑をかけてしまっている。
日本に帰ってはや9ヶ月、遠い場所から、少しでも制作に集中できるようにと子育てを一手に引き受けて応援してくれている妻の心を裏切ってしまったという気持ち。
カレンの家での生活は僕にとって長年憧れていた生まれて初めてのホームステイ。
家族と離れて一人暮らしの上に今回の怪我が重なったことで図らずしてこの夢が叶い、毎日の英会話や習慣の違いに驚いたりアタフタしたりと落ち込んでる暇がないほど慌ただしい毎日でしたが、
毎晩一人になるとこうした思いに苛まれ,神経のダメージからくる手の痺れや肩の痛みも重なって、今思えば本当に辛い時期でした。


しかし一方で、塞ぎ込んでいく気持ちに発破をかけてくれたのが、先日亡くなった会長の存在でした。
ほとんど動かない右手を見て落ち込みそうになった時に、何度会長に語りかけたでしょうか。
あの何事にもポジティブで、今自分が置かれた環境を精一杯楽しんでいた彼はその都度、
「なんだそのくらい!神経が切れてなくてラッキーじゃん!ちょっと右手には休憩してもらって、その間左手で描けばいいだけやん!」っとケロっとした顔で言うのでした。
その言葉もさることながら、実際に彼が示し続けたあの頃の姿勢が僕の気持ちを奮い立たせ、ようし、それならと左手で描くという挑戦を始めさせたのでした。


「人生は何が起こるかわからない。後悔しても起こったことは仕方がない。
それよりも、それをどう生かし、どう作品に繋げていくかが作家としての本領なんじゃないか。」

ピンチはチャンス。
これで最高の作品ができればそれこそ怪我の功名、みんなの恩に報いるにはこれしかない。



これまでの人生でほぼ一度もまともに使ってこなかった左手。
自分の体の一部でありながら特別注目されることもなく、ほとんどの時間を右手の保護としてしか登場することのなかった左手。
よくよく考えてみれば右手と機能は同じものなわけで、鍛えようによってはそれ同様、もしくは全く別の潜在能力を秘めているかもしれない左手。
これを使わずしていつ使う!?


42年目にして初の主役への抜擢。
責任と期待を一身に背負い握りしめた拳に、力がみなぎっていました。
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by mag-ikeda | 2016-07-08 12:48