人気ブログランキング | 話題のタグを見る


池田学 マディソン滞在制作日記


by mag-ikeda

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

池田学 / IKEDA Manabu

画家。1973年佐賀県多久市生まれ。1998年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。
2000年同大学院修士課程を修了。 2011年から1年間、文化庁の芸術家海外研修制度でカナダのバンクーバーに滞在。
2013年6 月末より、アメリカ・ウィスコンシン州マディソンにて滞在制作を開始。

バンクーバー日記


ミヅマアートギャラリー

最新の記事

【第108回】「運命の出会い」
at 2021-10-16 12:37
【第107回】「保険に振り回..
at 2021-10-09 14:40
【第106回】「つかれさせない」
at 2021-10-02 12:43
【第105回】楽しむこと
at 2021-09-25 10:52
【第104回】「変化」
at 2021-09-18 12:07
【第103回】バーチャルラー..
at 2021-09-11 11:27
【第102回】「銃声」
at 2021-09-04 15:17
【第101回】「イモムシの不..
at 2021-08-21 22:06
【第100便】「自粛中のサプ..
at 2021-08-14 12:21
【第99便】「無駄な思考」
at 2021-08-07 10:58
【第98便】「時間」
at 2021-07-31 13:07
【第97便】「自宅滞在命令」
at 2021-07-18 00:18
【第96便】「日本・その2」
at 2021-07-10 16:22
【第95便】「日本・その1」
at 2021-07-03 16:22
【第94便】「見方を変える」
at 2021-06-19 12:24

以前の記事

2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 01月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月

画像一覧

検索

その他のジャンル

外部リンク

【第108回】「運命の出会い」

話はちょうど1年前にさかのぼります。

去年(2019年)の1月、「円空賞」という賞をいただき、岐阜県立美術館での表彰式に出席するために一時帰国したのが最初の出会いでした。

「円空賞」には僕を含む数名が選ばれましたが、その上の「円空大賞」は「TARA財団」という聞いたことのない財団が受賞しており、全く知識のない僕にとっては美術の賞なのになぜ財団?という疑問が湧くばかり。

受賞者挨拶でそれがフランスの財団で、「TARA号(タラ号)」という帆船を使って世界中の海をまわり地球温暖化の原因や海洋プラスチックゴミなどの調査をしていること、各地の港を転々とし、そのつど10人ほどの科学者と一緒に、選ばれたアーティスト1人も乗船して、科学と芸術の両方の分野から環境問題に取り組んでいるといった活動がその受賞理由になったことを知りました。


展示会場にはこれまでの海洋調査に同行したアーティストたちの作品がズラリと展示されており、ちょうどエピックで海の大作に取り組みつつも、「海のないマディソンでどうやって作品のインスピレーションを得たらいいのか…」と行き詰まっていた自分にとってはまさにどんピシャの作品群。なにしろ数週間から数ヶ月の間、船に乗って実際の大海原を体験できるのですから、海を描くためにこれほど最適な環境がほかにあるでしょうか。

しかもタラ号の船長はじめ財団の関係者がいま目の前にいるのです。これを縁と呼ばずしてなんと呼ぶ!

この機を逃すともう絶対に会えないし、まずは考えるよりも動けです。

ちょうど談笑が途切れたタイミングで声をかけました。

自分の紹介と現在の状況を説明しながら、自分がタラ号の活動について興味があることを伝えます。そして「誕生」が展示されている別室に移動し、絵を一緒に見ながら制作にまつわる話や、エピックのこと、今なぜ海を描きたいのかなどを話します。

やがて、視線を画面から僕に移したロマン船長がひとこと。

「あなたもタラ号に乗りたいですか?」

「も、もちろんです!」

あまりに急転直下の展開に心が言葉に追いつきません。


次のプロジェクトは海洋微生物の調査。2020年夏頃にフランスを出港し、南米大陸から南極をまわりアフリカ大陸をさかのぼって再びフランスに戻ってくるまでの2年間の大航海!

そのどこかの行程で僕が船に乗れるということを約束してくれました。

喜び勇んでマディソンに帰ったものの、その後すぐに世界を襲ったパンデミックの影響で出港も延期され、ここで報告することもままなりませんでした。

しかし先週ついに連絡があり、うまくいけば今年の5月にどこかの地点から乗船することができるかもしれなくなったのです!


ただ現実的にはコロナの影響で、これまでのように簡単に国外へは出れません。

ワクチン接種、ビザの発行などなど、出発までの間にクリアしなくてはいけない問題は山積みで、楽観視はできません。

運を天に任せて状況が好転することを祈るのみですが、でもとにかくプロジェクトが動き出したことだけでも!

久しぶりにワクワクしています。
(佐賀新聞2021年3月掲載)
【第108回】「運命の出会い」_b0290617_12352636.jpg
次回は10月23日(土)更新予定です。

# by mag-ikeda | 2021-10-16 12:37

【第107回】「保険に振り回される」

バイデン大統領の就任式当日。

雲ひとつない青空からは暖かな光が降り注ぎ、天気までが新しい時代の到来を祝福しているようです。家族みんなで就任セレモニーをテレビで見ていると1本の電話が鳴りました。

出てみると医療保険会社からの電話。

 

日本と違いアメリカでは国民健康保険というものはなく、毎年数あるプランの中から自分で選んで買わなくてはならず、毎月の支払いがかなり高額な上に手続きも非常にわずらわしいのです。

そして我々が最もストレスを感じるのがプランの申請をする上で必要な、この保険会社との電話。

アメリカに住んでいると、いろいろとアテにならないことが多いのですが、この会社の電話はその最たるもので、毎回何かしら振り回されます。


こちらからかけた場合、まず延々と待たされる。

30分ほどたってようやく担当者が出ても、話の途中で通話が切れることもザラ。

またかけるとこからやり直し、ようやく繋がっても、さっきとは違う担当者が出てくるので前回話した内容をまた1から説明しなければならず、非常に面倒くさい。

そのあげく前とは真逆のことを言われたりする。

例えばある担当者に言われて、パスポートを提出したり書類を書いたりして手続きを進めてきたのに、最後に別の担当者から、「あなたはアメリカ市民じゃないから保険を買うことはできません」と身もふたもないことを言われたこともあります。

「いや前の担当はこう言った」と言っても「それは知らないけどこうだから」の一点張りで、これまでかけた時間の喪失感、徒労感といったら… アメリカ市民ではないことは最初に伝えているのにです。

またこんな事もありました。

最初電話に出た担当者に家族構成などの基本情報を伝えた時のこと。娘が3人いてお腹に赤ちゃんがいるということを伝え、その情報をもとに申請を進めていたのですが、数ヶ月後の書類の確認の時になってなんと三つ子を妊娠してるということになっているではありませんか!

ちなみに手続きは通訳さんを介して進めます。

にも関わらずこの間違い…。

呆れて開いた口が塞がりませんでした。

他にも僕の職業が土木業ということになっていたり、もうなんでもアリです。


そもそもこのご時世になぜ顧客の情報を社員で共有できていないのか不思議でなりませんがとにかく、そうなんです…。

ごく稀に日本人のように丁寧で気が利く優秀な担当者に当たったりすると、抱きついて惜しみない賛辞を送りたくなるほどです。


運よくことが運んでもまだ安心はできません。

2時間近いやり取りのすえにようやく申請が終わり、「あとは受理されるのみ」とホッとして電話を切るも数週間後に送られてきたのが、「早く申請をしろ」という督促状。

あろうことか担当者が申請書を本社に提出していないのです!

どうなってるのか問いただすためにまた電話するもまた違う担当者!

また最初から説明!!

また違うこと言われる!!

漫画のようですがホントの話です。


さて冒頭の電話ですが、なんと奇跡的に優秀な担当者からでした。

彼いわく、「私の調べではあなた達が去年まで入っていた保険プランは担当者のミスにより安く設定されていましたが、今年からはこのプランには加入できません。」

マジか…。

有能な彼のおかげで今年からはこれまでの数倍高い金額を毎月支払うことになりそうで、この時ばかりはいつもの担当者達に賛辞を送りたくなりました…。

(佐賀新聞2021年2月掲載)

【第107回】「保険に振り回される」_b0290617_14373610.jpg

次回は10月16日(土)更新予定です。



# by mag-ikeda | 2021-10-09 14:40

【第106回】「つかれさせない」

本格的な冬になり、雪に覆われたマディソンの静かな新年。

コロナ感染の広がりは一向に衰えず、ついに他人を家に招き入れた人は罰金1000ドル(10万円!)が課され、学校も3月から結局一度も再開されることなく冬休みに入りました。

子供達にとっては毎日のオンライン授業から解放され、クリスマスやお正月と楽しいイベントが目白押しの時期ですが、我々親には休む暇などありません。

毎日朝から晩まで子供達が家にいて、午前中と夜は育児と家事につきっきりの生活も8ヶ月になります。

それでもまだ僕は午後にはスタジオで作品に向かうことで自分だけの静かな時間を持つことができていましたが、妻はまさしく24時間、1日の休みもなく、一人で4人の面倒を見ながら、隙間を縫うようにして家事をこなす日々です。

次から次へとエンドレスにやってくる要求、片付け、ケンカの仲裁。

かたときも休むことなくホイッスル片手に子供達の後を走りつづける審判の心境です。

食料品の買出し以外は外出もできず、友達と会ったり気晴らしすることもままならない中で両親も近くにおらず、コロナで人をあてにできない我々は文字通り自分たち二人だけですべてをやらなくてはならず、疲れが溜まり、ついには朝二人とも起きれないことも多くなりました。

11歳の長女が代わりにご飯を作って妹たちに食べさせたり赤ちゃんの世話をしたり、いろいろと彼女に頼る時間が増えてきました。

日本を離れて10年、雪とコロナに挟まれ、今がこれまでで一番辛い時であることは間違いありません。


そんななか迎えた新年。

今年はおせちも作らず、われわれ両親は交互に休憩を取りながら子供たちの相手をしていました。長女がマッサージやお風呂を入れてくれて嬉しい半面、少しでもいいから子供と離れて一人になりたい。お互いそんなことを呟きながらだましだまし動くのがやっとです。

せめて書初めくらいはしようと、書道の先輩からいただいた筆と硯を使ってみんなで今年の目標を書くことにしました。

三女は「ぱんだだいすき」次女は「やさしさ」と慣れない筆に苦戦しながらも楽しそうに書いています。

長女は何を書くのかなと横で見ていると、少し考え、「つかれ」と書きました。

そのあと左に「させない」と書きました。

「つかれさせない」。

なぜ疲れ知らずの小学生がそれを書くのか意味がわからず、「それが今年の目標?」と聞くと、「パパとママを疲れさせない。」と言いました。

「子供たちのせいでパパとママが疲れてるから…。」それっきり黙って何度も何度も自分の名前をなぞる筆先は、かすかに揺れていました。

その時初めて、彼女がその小さな心で何を思い続けてきたのかに気がつきました。

そして疲れやストレスを周囲の環境のせいにし、結果として子供に甘えてしまっていた自分にも。

子供たちだって友達とも遊べず公園にも行けず、春からずっと家の中に閉じ込められているのです。

子供にとって両親はかけがえのない大きな存在です。

その両親が子供に負担をかけ、追い詰めてしまっていたのかと思うと、申し訳なさと情けなさで言葉が出ませんでした。同時にこんな自分たちを元気付けようと彼女なりに頑張っていてくれたことへの健気さに胸を衝かれ、溢れてくるものを止められなくなるという思いでその場を離れると、台所で聞いていた妻も泣いていました。


妻や子供のためにも、絶対に元気でいなくてはなりません。

そのためにこれからの毎日で何を変えていくべきか、真剣に考えるきっかけになったお正月でした。

(佐賀新聞2021年1月掲載)

【第106回】「つかれさせない」_b0290617_12405483.jpg


次回は10月9日(土)更新予定です。


# by mag-ikeda | 2021-10-02 12:43

【第105回】楽しむこと

秋といえばハロウィン。日本でもここ数年はハロウィンブームのようですが、本場のこちらでは数週間前から軒先の飾り付けが始まり、お菓子をあげる家の地図やその時間帯などの情報がアップされるころには、楽しいだけではない、どこか伝統的で厳かな雰囲気が漂ってきます。

子供達にとっては玄関先で「トリックオアトリート!」と叫ぶと家の人からお菓子をもらえるとあって、それはそれは楽しみにしている一大イベント!

少しニュアンスは違うけど、僕の子供時代に毎年行われていた「もぐら打ち」みたいなものでしょうか。

さてそのトリックオアトリート、通常なら仮装をしてみんなで出かけていくのですが今年は果たして開催されるのか…というのが大きな話題になっていました。

屋外とはいえ、どうしても人と人の距離が近くなる、玄関先でのお菓子の手渡しは避けられないし、お菓子の袋にもウイルスが付いているかも…などなど、心配しだしたらきりがありません。「やはり今年はおとなしく家にいるのが賢明だよね」ということで一度は決着がついたものの、子供達のことを思うとその決心も揺らぎます。何しろ今年は学校にも行けず、旅行や友達と遊ぶこともできずにずっと家にいるのですから。

’’今年は夕方4時から6時までの2時間だけでやります’’というお知らせが届いたのもあって、それなら近所の数件だけ回ろう、と外に出ることにしました。

それが結局6時までしっかり楽しんでしまったのには大きな理由があるのです。


それは各家庭の創意工夫の面白さ!

ある家は庭と玄関の間にロープが張られ、そこからお菓子がぶら下がっていて取れるようになっていたり、ある家は庭の花壇や菜園のあちこちにお菓子が隠されていたり。

手製の特製滑り台を作って上からお菓子が滑り降りてくる家、どうやって作ったのか掃除機からお菓子が飛び出してくる家、ハンマーで台を叩くと昔の大砲のようにお菓子が飛んでくる仕掛けのある家などなど!

子供達にとっては近所が遊園地に変身したようなもの。もう大喜びです。

どの家もどうやってソーシャルディスタンスを保ちながらお菓子を渡すか、この長い自宅待機の時間を使ってそのことに大真面目に取り組んでいたのです。

大人からしてみれば子供にお菓子を渡すだけの他愛もない事。今の現状を考えたら自粛してやめてしまった方がはるかに簡単で賢明なのでしょう。

われわれ日本人の感覚からしたら自粛自粛でなんでも中止に向かいがちですが、これぞまさにアメリカ、困難の中でもユーモアや楽しみを見つけ、それを前向きなエネルギーに変えるという姿勢は、何かにつけイジけて沈んでいた僕らの心を強く動かしてくれました。

そんなだからコロナが収束しないんだ!という意見ももちろんあるとは思いますが、こうした能動的な姿勢は生きるうえでこの上なく重要な気がしています。

(佐賀新聞2020年12月掲載)

【第105回】楽しむこと_b0290617_10492753.jpg
次回は10月2日(土)更新予定です。


# by mag-ikeda | 2021-09-25 10:52

【第104回】「変化」

アメリカのコロナの深刻さは日本のニュースでも流れていると思いますが、ここウィスコンシン州でも感染者数は増えていて、先日は1日で4000人を記録しました。

学校は来年2月まで閉校が決まり、極寒で外に出られない冬の厳しさも相まって、子供たちを含め我々家族にとっては再び奈落の底に突き落とされたような気持ちです。

一体いつまで家の中に閉じこもっていなければいけないのでしょうか



Epicでの作品制作は、パンデミック以降の自宅待機で大幅な遅れを余儀なくされたのですが、夏頃から徐々に再開し、現在は毎日午後の数時間、なんとか画面に向かうことが出来ています。

Epic自体は依然閉まっているので本来は自宅にいなければならないのですが、そんなことばかりも言っていられません。

スタジオとトイレ以外は使わないからとお願いして、なんとか使用を許下されたのですが、1万人の従業員を抱え、絶え間ない人の往来で騒がしかったスタジオ前の廊下には今や人影はなく、ひっそりと静まり返った巨大な空間は薄気味悪いほどです。


スタジオはもちろん僕一人。

5年ほど前のチェイゼン美術館での「誕生」の制作環境が嘘のような今の現実。

あの頃は毎日誰かが見学に来て、外に出れば学生や観光客が大勢歩いていて賑やかだったなぁ。

自分もまだ若く、コロナの流行もなく、初めてのアメリカでの挑戦に燃えていたなぁ

などなど、考えるのはそんなことばっかり。

もうだいぶストレスにやられているような心理状態だけど、実際ここ数年で感じる身体の衰えや、世界的なウィルスの猛威、温暖化による自然災害の深刻化などなど、自分の力ではどうにもならない「時間」や「運命」といった見えない渦に飲み込まれ始めていると思うのも確か。

でもだからこそ、新しい絵が描けそうな気がするのも事実です。

こうした鬱々とした気持ちを排除しないで素直に向き合えば、これまでの自分には無い表現にひょっとしたら繋がるかもしれません。

だからというわけではないけれど、今回はこれまでのようないろいろなキャラクターや場面を盛り込むのはやめにしました。

ただただ、波や雲を描きたい。その思いに強く突き動かされているからです。



これまでは、こまごまとしたたくさんのモチーフやキャラクターを絵の中に盛り込んできました。これは僕にとっては手がかりのたくさんある岩山を登るようなもので、慎重にやりさえすればそんなに難しいことではありません。

でもやればやるほど、いつかそういうものが何もない、ただただ広大なだけの世界を描いてみたいと思うようになりました。

極細のペンを使ってほとんど手がかりのない水面や雲だけを描くということは、真っ暗な海を目的もわからず泳いでいるみたいなもので、その不安さといったらこれまでの比ではありません。

でもだからこそやってみる価値があると思うし、今じゃなきゃできない気がするのです。


(2020年11月佐賀新聞掲載)

【第104回】「変化」_b0290617_12135892.jpg


次回は9月25日(土)更新予定です。



# by mag-ikeda | 2021-09-18 12:07