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池田学 マディソン滞在制作日記


by mag-ikeda

池田学 / IKEDA Manabu

画家。1973年佐賀県多久市生まれ。1998年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。
2000年同大学院修士課程を修了。 2011年から1年間、文化庁の芸術家海外研修制度でカナダのバンクーバーに滞在。
2013年6 月末より、アメリカ・ウィスコンシン州マディソンにて滞在制作を開始。

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【第87便】洗礼

僕がスタジオを借りている巨大企業「Epic」には年に2回、会社をあげての大きなイベントがあります。今回はその1回目、2週間に渡り会議や公聴会などが社内の至る所で開かれるのです。

会期中は1万人以上の人たちが来るとあって、マディソンから75キロ圏内のホテルは全て満室、シャトルバスが行き交い、僕のスタジオのすぐ前のロビーにも地元の物産品を売るお店がずらりと並んでいるほどです。

こんな時にスタジオをオープンすればかなりの人達に作品を見てもらえるに違いなく、新しい出会いやチャンスに巡り会えるかもしれません。

そんなわけで普段金曜日だけオープンしているスタジオを会期中は毎日オープンすることにしました。

でも気がかりなのはセキュリティ。

あまりたくさんの人に押しかけられても自分一人では対処できず、うっかり作品を汚されてしまったり、うるさすぎて仕事にならなかったり、不測の事態が起こらないとも限りません。

最悪の場合、誰かを雇って警備をしてもらった方が良さそうです。

また作品に興味があるから連絡先を教えて欲しいという要望があることも想定して、ギャラリーのインフォメーションや名刺などを準備したりもしました。

まず会議初日は様子を見て、2日目からオープンすることに。

それにしても凄い人の数です。アメリカ国内を始め、世界中からこの電子カルテのソフトに関わっている医療関係者が集まっているのですから。

そしていよいよオープンの時間。ドキドキしながら扉を開放し、できるだけ平静を保ちながら来場者を待ちます。

待つこと30分。相変わらず外は賑やかですが誰も来ません。

45分。1人足早に入ってきて部屋を間違えたというようなそぶりで出ていきました。

残り5分。扉から顔だけ出して訝しげに中をのぞいてる人。この時点ではもう誰でもいいから入ってきて欲しいと願ってる心境。


結局会期中まともに見に来てくれたのは3人でした

あんなにいろいろ心配してた自分が恥ずかしいっ!

改めてここは美術館ではなく会社で、1万人の目的はみな会議や仕事であるという事。

目的がそうである以上、ここは僕の出る幕ではなかったのかもしれないなとも思いました。


やはり芸術は時間や環境、その時の気分など、然るべき条件の下に成り立つのかもしれません。

この手痛い洗礼から得た教訓を生かして2回目のイベントはどうするか。

考える必要がありそうです。



(佐賀新聞 2019年6月掲載)

【第87便】洗礼_b0290617_21074497.jpg
次回は5月8日(土)更新予定です。





# by mag-ikeda | 2021-05-01 21:09

【第86便】リラックスの必要

寒さで外にも出られず、日照時間も短いため鬱になってしまう人もいるマディソンの長い冬。

6年目の冬を迎え、ここでの生活全般に慣れてきたとはいうものの疲れもだいぶ溜まってきて、夫婦揃ってため息をつく回数が増えてきた我ら。

体がつらいと心まで硬くなってしまいます。

このまま寒さに呑み込まれてしまう前にここは思い切って休もう!と決心し、飛行機で僅か3時間、アメリカ人の避寒地としても有名なフロリダへ行ってきたのは3月の末。

と書くと飛行機で3時間なんて遠い!という声が聞こえてきそうですが、とにかく全てにおいて広大なアメリカ、3時間が近いという感覚に僕らもすっかり慣れてしまいました。

日本でいうなら佐賀から宮崎あたりまでちょっと行くような感じでしょうか。

北風に震えながら飛行機に乗り込み、刻々と変わる地上の景色を楽しみながら降り立ったそこはまさに….南国!

湿気をたっぷり含んだ熱帯特有のなま暖かい空気と生命感に満ちた匂いが身体中に行き渡り、みるみる顔の表情が緩んでいくのが分かります。声のトーンも1オクターブ高くなったみたい。

寒さでこわばっていた体中の筋肉も雪が溶けるかのごとくフニャフニャと柔らかくなり、生気が満ちていく。笑顔が蘇る。

そして何よりも心の軽いことといったら!

身体が喜んでるというのはこういうことを言うのかもしれません。

久しく忘れていた感覚。長年の海外生活で普通だと思ってた自分達の体が実はこんなに重たかったのはぶ厚いジャケットのせいだけではないはずです。

子供達にとってはさっきまでの冬が夏になって、凍った湖が日光降り注ぐビーチになってと突然の変化に最初は目を丸くしていましたが、次の瞬間には初めて見る椰子の木やきれいな貝殻、空を飛ぶペリカンの群れなど、驚いたり笑ったり転んだり泣いたりしながら輝くように走り回っていました。


(佐賀新聞 2019年5月掲載)


【第86便】リラックスの必要_b0290617_00191486.jpg


次回は5月1日(土)更新予定です。


# by mag-ikeda | 2021-04-24 00:23

【第85便】「いよいよ」

Epicでの新プロジェクトのために日本の職人さんに特注で作ってもらったパネルが遂に日本から届きました。

縦3メートル、横1メートルの縦長の木製パネルに画用紙が張ってあり、今回はそれが計6枚。全部繋ぎ合わせると縦3メートル、横6メートルの巨大な画面となります。

これから再び3年以上の歳月をかけ、これに絵を描いていくわけです。


朝、幾重にも梱包されたその真新しいパネルが頑丈な木箱に入ってスタジオに運ばれてきました。

その物々しさ、緊張感たるや、まるでファラオの棺でも入ってきたかのような厳かさ。

Epicの作業員3人で慎重にその棺を解体し、蓋を開けると中からは黄金色に光り輝いてまではいませんでしたが、緩衝材に包まれた箱が6つ、鎮座しておりました。


その箱を一つ一つ開けては中からパネルを取り出し、大人ふたりで息を合わせてゆっくり壁に掛けていきます。

頑丈に造られたパネルは1枚が30キロ近くあり、とても一人で持ち上げることはできません。しかも表面は真っ白な紙が張ってあります。それらを汚さないように手袋をして、どこかにぶつからないように注意しながら持ち上げる作業はそれだけでかなりの神経を使います。

そして全部を掛けてみて汚れや反りがないかをチェックしたり、6枚全体の大きさが果たしてどのくらいのものなのかを実際に体感して、そこに何を描くかを想像してみるのです。


1枚、また1枚と真っ白な画面が壁にかかっていくごとに、これまでのスタジオのリラックスした空気が少しずつ変わっていくのが分かります。

そしてこの瞬間、新プロジェクトの幕が静かに開き、完成へ向けての時計が刻まれ始めたことも。


大きな大きな白い画面の彼方に果たしてどんな世界が広がっているのか。

今はまだ誰も分かりません。


(佐賀新聞 2019年4月掲載)


【第85便】「いよいよ」_b0290617_19151983.jpg

次回は4月24日(土)更新予定です。


# by mag-ikeda | 2021-04-17 19:16

【第84便】「大寒波」

今年の冬は暖冬だろう


秋にそう囁かれていた予想を大きく覆し、記録的な寒さの冬になりました。

マディソンの冬はかなり厳しく、日中は平均で−10度前後、夜には−20度近くになることもありますが雪は少なく、基本的には晴れていることが多いのが特徴です。

マディソンにある3つの大きな湖は完全に凍りつき、その上でスケートやアイスフィッシングをするのが冬の代表的なアクティビティです。

そんな極寒の環境下でも学校や公共機関が休みになることはほとんどなく、子供達は外で元気に遊んでいるのですが今年は違いました。

大雪により交通機関が乱れるなどして3日間、生命に危険が及ぶほどの記録的な寒波により4日間、合計1週間ほども学校が休みになったのです。

低温に加え風も吹くと体感温度は−50度近くになる時もあり、普段寒さに慣れている僕らでもこれはちょっと違うなというのが空気の質でわかります。


ところがそんな中でも子供達は元気いっぱい。目をキラキラさせながら、この特異な自然現象に興味津々です。

午後の穏やかな時間帯を見計らって完全防備で10分間だけ庭に出てみました。

まずはシャボン玉。ここまでの寒さになるとシャボン玉は空中で凍りつき、薄いガラスのようになって地面を転がります。

次はグラグラに沸いたお湯を空中にぶちまけてみました。

その瞬間魔法のように煙が立ち込め、風と一緒にモクモクと空に上がっていきます。

寒さのせいでお湯が一瞬で凍りつき、消えたのです。

神秘的ともいえるほど、全てが凍てついた世界での不思議で楽しい体験。

子供達の柔らかい心にはそれらはどのように映っているのでしょうか?


寒波というと極地で吹き荒れるブリザードのようなものが想像されがちですが、

窓から見る外の景色はうららかな陽射しが降り注ぎ、驚くほど穏やか。そして綺麗。

一歩外に出ない限りはそこが南極と同じ気温だとはとても思えません。

そんな中で特別な体験をしたり、友達を呼んで暖炉の炎を囲んだりして呑気に過ごしていた僕たち。


州が非常事態宣言を出し、記録的な寒波ということでニュースでも取り上げられたというのは日本の友達からのメールで知ったくらいでした。


(佐賀新聞 2019年3月掲載)

【第84便】「大寒波」_b0290617_14511992.jpg




次回は4月17日(土)更新予定です。


# by mag-ikeda | 2021-04-10 14:58

【第83便】「Epic」

僕の今回の新しいスタジオ(アメリカではアトリエのことをスタジオといいます)があるEpicという会社は、マディソン市から車で20分くらいのベローナという街にある医療系のIT企業です。

具体的にいうと、現在病院での患者さんの診療記録(カルテ)はほぼコンピューター上で管理されており、この電子カルテのソフトを開発、管理しているのがこのEpic

全米の病院で使われているのはほとんどEpic社製のものというくらい、アメリカではダントツナンバーワンの企業です。

美術の機関でもないその医療系の企業がなぜ僕にスタジオを提供してくれたかというと、この企業、ウィスコンシン州のアーティストを支援していて、チェイゼン美術館での滞在制作を終えた僕が次の制作場所を探していることを聞き、それならと倉庫の一つを無償で貸してくれることになったのです。

期間は今回もまずは3年間、ひとつ条件として前回同様スタジオでの制作を公開しなければいけません。

この会社では1万人近い人達が働いていますが、ほとんどがコンピューターと一日中向かい合う地味なデスクワーク。その社員達のストレスを少しでも軽減し、想像力を働かせようという社風なのか、敷地内に10棟以上ある部署の建物の外観はどれもとってもユニーク。

西洋のお城やアジアの宮殿、ハリーポッターの映画のセットを模した建物まであり、さらには室内ブランコやメリーゴーランドがある場所も。会社内の至る所にはウィスコンシンのアーティスト達の作品が展示されていて、これは会社というよりテーマパークみたい!

スタジオを貸してくれたのも、コンピューターとは違う、人の手により生み出される作品のプロセスを見せることで社員達にいい影響を与えるかもしれないという狙いの一つかもしれません。

僕にとってはそんな大企業に転がりこめたというのは幸運としか言いようがないけれど、でもそれはあくまでも現時点での話。

黙っていても絵を見にきてくれる美術館とは違い、ここはあくまでも会社。僕は主役ではないのです。

意識をしっかり切り替えて臨まないと、思わぬ目に合うかも。

今回の山はかなり手強そうです。


【第83便】「Epic」_b0290617_23551482.jpg

(佐賀新聞 2019年2月掲載)



次回は4月10日(土)更新予定です。




# by mag-ikeda | 2021-04-05 00:04